2005年、リオに長期滞在をしていた間、まるでメンバーの1人みたいな顔をして、
Grupo SmenteとTeresa Cristinaのライブに通っていた。金曜の23時からはいつもの、
LapaはCarioca da Gema.
Grupo SmenteとTeresa Cristinaのライブに通っていた。金曜の23時からはいつもの、
LapaはCarioca da Gema.
正確な日付は覚えていないのだけど、
深夜2時の終演までかぶりつきで演奏を観て(ほぼ見学)、
その日もPedrinhoの厚意で自宅へ送ってもらうことに。
深夜2時の終演までかぶりつきで演奏を観て(ほぼ見学)、
その日もPedrinhoの厚意で自宅へ送ってもらうことに。
(※その日はなぜかみんなご機嫌で(後にファーストDVDの制作やフランス遠征が
決まったところだったと知るのだけど)、ステージの足元にはビールやカシャッサの
空き瓶が転がっていた。)
決まったところだったと知るのだけど)、ステージの足元にはビールやカシャッサの
空き瓶が転がっていた。)
いつも通り、僕がメストリのスルドを背負い、Pedrinho, Teresaと4人で駐車場へ向かう。
Pedrinhoの車に乗り込む前、急に思い立って、
Trambique, vamos abraçar!?
と声をかけると(恐ろしいことに、この頃はまだニックネームで呼んでいた)、
Oba!!! Vamos!!!!
と車にスルドを押し込む手を止めて、しっかりと抱き合ってくれた。
酔っ払い2人が抱き合う姿を見て、ケラケラとTeresaが笑っていたこともはっきり覚えている。
毎日、連絡をして、毎日、何か発見させていただいて。
次は何が起こるんだろう、と、いつも心地よい緊張をしていた。
いまも思い出すのはきまってこの時期のこと。
先生、72歳の誕生日おめでとう。
いただいたスルド、終生、大切に使います。