音楽への感性をアップデートする方法

はい桐沢です
 
最近Appleから新しいヘッドフォンが出ました。
 
お値段なんと6万円
 
これは中々の金額です。もちろん僕は買えません。
ノイズキャンセルなど色々な機能が付いていているのですが、中々手を出せる金額ではありませんね。
 
では普段僕らは何にお金を使うのでしょうか?
 
Appleのヘッドフォンが良い例で、けしてそのプロダクトに価値があるわけはなく
 
ヘッドフォンの機能を使い音楽を聴くという体験に6万円の価値があるから僕らは大事なお金を出すわけであって
 
けしてヘッドフォンを部屋に飾るためにお金を出す訳ではないのです。
 
という事は僕らはお金を『体験に払っている』であってお金を払う目的は『体験』です。
 
ここをある程度明確にしておきましょう。

体験を因数分解

では体験とは一体どういった事でしょうか? 
 
僕の解釈ですと
外部からの情報に僕らの感性が反応する事
だと思います。
 
同じものを見ても、同じ物を食べても僕らはそれぞれ違う反応をします。
 
外部からの情報は同じなのに、僕らがどう反応するかは人それぞれ。
 
ということは体験には二つの要素が大きく関係してきます。
 
  • 外的要素
  • 内的要素
外的要素は自分ではコントロールできない物 
 
例えば目の前のダブルチーズバーガーをお寿司に変える事はできませんが、
 
内的要素は人間の感性であって、これは一つとして同じ物はないはずです。
 
これを使い僕らは様々な反応をし、ジャッジをします。
 
もちろん音楽を聴くときも、音楽を演奏をするときもこの感性を使っています。
 
ではこの感性とはどうやって敏感にしていくのでしょうか?

自分の感性と向き合う

今の日本の状況は詳しくは分かりませんが、パンデミックが始まって以来、僕らはいきなり今まで積み上げてきた現実世界の物を全て奪われました。
 
自分を表現できる場は減り、一体何が正しく、進むべき方向はどこなのか? 自信を持てる人は少ないでしょう。
 
これはパンデミックという外的要素が引き起こした事で内的要素ではありません。
 
そんな時にお勧めしたい事は内的要素の『自分の感性と向き合う』 
 
こんな青臭い事ですがミュージシャンの僕らには必要な事です。
自分が一体どんな感性を持っているのか? 
これを知る事が出来れば自分のオリジナルな正解が見え、進むべき方向が決まってきそうです。
 
精神論とか根性論ではなく、どうやって実際に『自分の感性と向き合う』事をしていけば良いのでしょうか?

環境を変える

僕は最近、山登りにハマりにハマっています。
 
自分の部屋を出て1時間も歩けば、半径数キロには僕しかいないという異空間に行けます。
 
ここで先程の6万円のAppleのヘッドフォンの話ですが、
 
本来の目的は「体験」
 
山を登るという体験、この中には先程の2つの要素があります。
  • 外的要素
  • 内的要素
登山なんで外的要素は山を登るという事で、ここは変える事はできません。
 
では内的要素の『僕らの感性』ここは千差万別です。
 
登山は山を登るという比較的シンプルな行動のなかで身体を動かす事を伴いますので、脳は活性化し思考は深まります。
 
大自然の中を歩きながら自分とトコトン会話できます。
 
この大自然の中で身体を動かし、脳が活性化するという外的要素。
 
この中で思考をめぐらすということで、僕らは自分の内的要素の感性に触れることができます。
 
向き合う環境、実際の場所を変えるだけで大きな効果が期待できます。

アハ体験

この言葉もう古いのかもしれませんが、人間の脳は全く別な何かと何かが繋がり正解や先が見えた時に覚醒します。
 
これをアハ体験と呼んでいた気がします。
 
山を登るという事は、けして山を登る事を楽しむだけではなく、外的要素に刺激された内的要素と向き合うという体験が目的です。
 
その体験の中で内的要素の自分の感性は色々な反応を起こします。
 
また青臭い事ですが、
山の頂上から澄み切った空を見て何を思うのか?
下山途中の夕日に照らされる山を見て何を感じるのか?
その感性から導き出した自分の答えと音楽への感性は全く別な物ではないと思います。
 
夕日に照らされた山を見て美しいと感動する感性、この感性と音楽を聞いて感動する感性
 
ここに何か共通する自分の正解を導き出せることができたらな、僕らは音楽以外からも音楽への感性を刺激することができます。

取り巻く状況

Jazzサックス奏者 ジャッキー マクリーンの言葉
『音楽家を取り巻く状況は音楽に影響する』
 
当たり前ですが僕らを取り巻く環境は音楽だけに止まることなく、生きてい中で遭遇する全ての外的要素です。
 
その外的要素に反応するのが僕らの感性であって、その感性にはジャンル分けなどなく「あなた」という一つの唯一無二のものです。

山を掴んでみたい

僕が山登りにハマったのは『自分の感性と向き合う』事ができるからです。
 
しかし最初から『自分の感性と向き合う』という目的を掲げていたわけでもなく、偶然に山に足が向きました。
 
その偶然とはこの珍しい靴に興味を持ったからです。
 
この靴なんですが見ての通り5本指です。 
 
この靴で山を掴んでみたい
 
アメリカでこの靴が評判なのは知っていましたが、最近友人が買ったとの話を聞いて俄然興味が湧きました。
 
それに家の近くには山があります。

形から入る

簡単にいうと『5本指の靴』という形から入りました。 
 
けして登山や『自分の感性と向き合う』などの目的が最初からあった訳ではないのです。
 
しかし結果的に僕の音楽への感性を敏感にすることになり、これは先程の6万円もするAppleのヘッドフォンからでは得ることができない体験だったと思います。
 
音楽への感性を敏感にするのは、音楽の中だけではありません。なぜならばその感性は僕らを取り巻く状況に大きな影響を受け、そのまま音楽という表現に変わっていきます。
 
たまたま僕は5本指の靴を買い、山に登り始めたことで音楽に対する感性が刺激されました。
 
何が言いたいかというと、感性を刺激できそうなら
 
『物事を始めるのに形から入るのは悪くない』
僕らの感性の外への表現方法がたまたま音楽であっただけで、人によってはそれが絵に変わり、人によっては全く違った作品になります。
 
まだ音楽を芸術と言えるのであれば、その素の『感性』に意識を向けてみてはいかがでしょうか? 
 
では今からまた山に登ってきます。
LAからはこんな感じです!
 
桐沢でした

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