2019年10月23日
40年
ブラジル音楽を本格的に演奏し始めて今年で40年になる。
紆余曲折は多々あったがとりあえずここまでたどり着けた事に感謝している。
きっかけは同じ大学出身のギタリスト笹子重治君との出会いだった。
彼と出会わなかったらブラジル音楽はやってないだろうとつくづく思う、
出会いは必然だったのかと、時には運命的なものさえ感じる今日この頃だ。
そして青山にあるブラジル系ライブハウス「Praca Onze」が来月38年の歴史を終えることになった。笹子君と出会って3年後、僕がプロミュージシャンのキャリアをスタートさせた思い出深い店だ。
音楽だけで生計を立てるということがどんな意味を持つのか分からないまま、がむしゃらに毎晩汗を流し演奏していた文字どおり「青春」の日々を過ごした店だ。
当時のオーナー、スタッフは全て他界し、その頃を知る人ももう少ない。
先月号から月刊「LATINA」に佐藤由美さんが当時のことを細かく書き留めていてくれる。
記憶が曖昧になる年頃の僕たちにはとてもありがたい。
そんな40年の節目に笹子君と僕と一緒に出演するコンサートが来月、再来月と続けてある。
THE BOOMの宮沢和史さんの「Traveling to the MIYAZA-WARLD」4日間のうちの2日目、11月2日に「AMOR BRASIL」というタイトルで有楽町のよみうりホールで。
もう一つは12月4日、目黒パーシモンホールで「ジョアン・ジルベルト トリビュートコンサート」。今年亡くなったジョアンを追悼して宮沢さん、南佳孝さん、坂本美雨さんらたくさんのアーティストが出演予定となっている。こちらはチケット絶賛発売中なのでぜひ足をお運びください。
この歳になると毎日が限界との戦いで明日のことはわからないのだけれど、日々ベストを尽くして天命を待つ幸せというのもある気がする。
ベストは難しいけれど、いろんなでこぼこをそれも良しとして演奏していきたいなと思う。
紆余曲折は多々あったがとりあえずここまでたどり着けた事に感謝している。
きっかけは同じ大学出身のギタリスト笹子重治君との出会いだった。
彼と出会わなかったらブラジル音楽はやってないだろうとつくづく思う、
出会いは必然だったのかと、時には運命的なものさえ感じる今日この頃だ。
そして青山にあるブラジル系ライブハウス「Praca Onze」が来月38年の歴史を終えることになった。笹子君と出会って3年後、僕がプロミュージシャンのキャリアをスタートさせた思い出深い店だ。
音楽だけで生計を立てるということがどんな意味を持つのか分からないまま、がむしゃらに毎晩汗を流し演奏していた文字どおり「青春」の日々を過ごした店だ。
当時のオーナー、スタッフは全て他界し、その頃を知る人ももう少ない。
先月号から月刊「LATINA」に佐藤由美さんが当時のことを細かく書き留めていてくれる。
記憶が曖昧になる年頃の僕たちにはとてもありがたい。
そんな40年の節目に笹子君と僕と一緒に出演するコンサートが来月、再来月と続けてある。
THE BOOMの宮沢和史さんの「Traveling to the MIYAZA-WARLD」4日間のうちの2日目、11月2日に「AMOR BRASIL」というタイトルで有楽町のよみうりホールで。
もう一つは12月4日、目黒パーシモンホールで「ジョアン・ジルベルト トリビュートコンサート」。今年亡くなったジョアンを追悼して宮沢さん、南佳孝さん、坂本美雨さんらたくさんのアーティストが出演予定となっている。こちらはチケット絶賛発売中なのでぜひ足をお運びください。
この歳になると毎日が限界との戦いで明日のことはわからないのだけれど、日々ベストを尽くして天命を待つ幸せというのもある気がする。
ベストは難しいけれど、いろんなでこぼこをそれも良しとして演奏していきたいなと思う。
lata1 at 18:20│