島商店は昭和11年頃、

小島ラヂオ商店として産声を上げました。

創始者・小島幸太郎は浅草の出身。

足立区で小さなラヂオ店を営んでいたそうです。

 

そんな時代を想い、この曲が産まれました。

 

大正〜昭和初期当時は浅草六区で活動写真(映画)を観て神谷バーで電気ブランを飲むという事が庶民にとって最もハイカラ。

時代の流行最先端だったようです。

 

流行の最先端を行っていたモダンガールやモダンボーイ。

そして足繁く流行のオペラに通い、

人気歌手の追っかけをしていた通称・ペラゴロ。

 

流行やアイドルが好き、というのは

今も昔も変わらないという事なんですね。

 

 

そんな中、神谷バーで上機嫌になってプロレタリア(文学)を語っているのはどんな人だったのでしょうか。

そんな『あの子』は男性なのか女性なのか?

 

禁断の片思いを寄せている岡惚れの誰かが、その人を振り向かせたいが為に雄弁に当時流行した文学を語っていたのかもしれません。

その辺りも、人の本質は今も昔もあまり変わらないようです。

 

この国の激動の時代を生きた人々も、『未来を生きる子供達の事を思う』という事は今も昔もきっと変わらないはず。

これを読んでいる貴方にも身に覚えがあるかもしれません。

 

昨今主流になってきているインターネット配信。

自分で参加したり、視聴したりしていて、気がついたことがありました。

 

『生放送だけど、何秒か遅れて観てるんだよなぁ。』

 

と、いう事は

 

配信ライブって、厳密には

【リアルタイムでは無い】

と、思ったんです。

 

しかし面白さも感じました。

 

わずか数秒の遅れかもしれないけれど

それって

 

『過去から届いたメッセージじゃね?』

って思うようになったんです。

 

過去からのメッセージ。

 

もし、祖父母が生きた時代ににインターネットがあって、大きな時を超えた配信ができたのなら---------。

きっと自分たちの子孫を応援したいと思い、時には心配もしている事でしょう。

 

そんな先人達からのメッセージを想像して、楽曲に託しました。

 

過去から未来へ繋がる命の証。

それは紛れもなく万人に流れる「血」そのもの。

朱で捺印された、偽りの無い証。

 

そんな命の最先端。

即ち、今を生きる私達。

 

過去を全力で生き抜いた人々。

そして、まだ見ぬ未来の命。

 

たくさんの時代の人々に想いを馳せながら聴いていただけたら幸いです。