価値を知り、やるべき事をやる

我々ミュージシャンは現場に入ると、お店や会場の方にまず挨拶をして、それからメンバーとそれぞれ握手をする。

これは習慣と言うか、殆ど無意識に行なわれている儀式のようなものでもある。

 

私はこれが好きだ。これから一緒に音を重ねられるんだと思いを新たにしてドラムのセッティングをする。

 

流石にコロナ禍の今は握手は出来ないが、これはオリンピアンが試合後に互いを讃え合う気持ちに似ているのかもしれない。

お互いに対する敬意だ。

それぞれが厳しい環境の中でここに来るまで、自分の信じる道を歩み続けてきたことに対するリスペクト。

 

音楽を続けていく時、常にいい環境とは限らない。
特にパーソナルな音楽を選んでしまった以上は、経済的にも環境的にも、苦しい事の方が多い。

そして修練は永遠に続く。

 

長く同志を見ていると、本当に苦労していた人がようやく自分の道を見つけ、深いところに到達した現場にも出くわす。
自分も長年課題にしていたことが呆気なくクリアされると言うか、長いトンネルをスッと抜けたような悟りを一瞬得る経験も度々している。

まあ滅多にないことだが、

 

長く周りを見ていると、一身上の都合で音楽を辞める決断をした人、そして闘病中の人もいる。

様々な困難から這い上がってきて、またその瞬間、ともに音を交える事ができるのである。

かけがえのない時間。

 

上達するってことは価値に気づくこと、だと言うのが私の自論だが、

それまで何とも思っていなかった事の凄さや価値に気づく事って若い時には難しい。

 

昔、何となくナメていたことが、実はその奥にとんでもない苦労や人としての尊厳が
潜んでいた事にようやく気づいて、愕然とすることがある。

自分の未熟さを痛感する瞬間であるとともに、新たな価値を見出した感動と、その人に対する敬意の再認識が生まれ、さらに豊かになる。

 

オリンピアンが必死で獲得したメダルを噛んでしまった某市長?の話。

 

こういったことを平気でしてしまう。この感覚は今の政治家を見ていると他にもやりそうな人が本当に多いなあと思わざるを得ない。

 

過酷な状況の中で、それまで必死にトレーニングしてきた成果を出そうとしているオリンピアン達の戦いを見て、少しでも彼らの思いを感じることができるなら、本当に今、やるべきことは何かをもう一度胸に手を当てて感じ取って欲しい!


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